雑感の銀河

 職場を出ると夜の帳は下りていた。左膝の痛みを庇いながら歩きはじめる。ウィンドブレーカーのポケットから取り出したイヤホンを耳の穴に嵌めこんで、音楽を再生する。家から職場までの距離はだいたい2キロぐらい。自転車やバスを選べばいいのに、やや長い道のりを歩いて帰る。

 こんなふうになったのは、つい最近のことだ。自転車で帰宅していたところ、道を右折しようとするタイミングで(恥ずかしいことに)滑って転倒してしまい、右腕や顎に擦り傷ができ、左膝を打撲した。ふつうに歩く分には問題ないが、階段の上り下りやしゃがむ動作が難しくて、その度に骨を貫くような痛みが走る。自転車に乗ることができなくなった僕は、いろいろあった結果、徒歩で通勤するようになった。

 今は正直、歩くことを好んでいる。自転車で移動していたときは、なぜかいつも焦って急いでいた。駆り立てられるように速度に身を任せていた(だから単独事故なんか起こった)。行き帰りが歩きになるとどうしても時間はかかるけれど、その間、ぼんやりなにかを考えたり好きな音楽に夢中になったりすることができる。仕事やその諸々で一日が塗りつぶされそうな日々の中で、思考を好きに泳がすことができる時間は有り難かった。

 歩きながら、遠くのマンションを見やる。それぞれの部屋の明かりが夜に浮かんでおり、その色が青白かったり蜜柑色だったりして異なっているのが妙に好きだ。そういえば、今日は残業がなければ本屋に行こうと思っていたけれど、あそこは午後7時に閉まってしまうからいつも機会を逃す。ショッピングモールの中にある関係で営業時間が短いのは承知しているけれど、もう少し遅くまでやってくれたら嬉しいのにな。

 信号待ちで立ち止まる。流れていくテールランプの赤色や、街灯に濡れている街路樹の薄緑色、そして町の隅々にまで伸びている夜の色、それらにふと見惚れ、影絵のようだと思うけれど、信号が青に変わってすぐにまた歩き出す。少し先の方に、風に揺れる旗のもとで手を振る誰かの姿が見える。市議会議員の候補者だ。演説をしているわけではなく、ただ挨拶を繰り返している。そのまままっすぐ歩いていけばいいのに、その声を避けるように迂回する。やっとマンションに着いたので、階段を上る。やはり手すりがないとかなり厳しい。ここまでずっと僕のそばにいてくれたバンプオブチキンの「ギルド」を、ちょうどいいところで止めて部屋の扉を開ける。疲労感が心地いいけれど、毎日これを続けることはできないな。たまにはバスで行こう。

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