どんな方法で

 仕事がおわってから恋人と合流して、付き合い始めて一年になる今日を祝った。タリーズコーヒーでお茶をしようと、テラスでのんびりしていたら耳元で虫の羽音がきこえた。蚊だ。途端に体も意識もそわそわし始める。二人とも飲み終わったので、散歩でもしようかと立ち上がり、お店を離れる。

 その日、僕は仕事のことで人に謝った。このことはやや込み入った話になるから、説明するのがなんとも難しい。とにかく僕は同僚に謝罪した。まず、その人に関するよくない話が複数人からあがってきて、それを聞いた僕は、その同僚に話を聞く前に注意をした。しかし僕が口下手であるばっかりに、違う伝わり方をしてしまい、僕は僕でそれをどう訂正してよいものか分からず、ぎこちない感じになってしまった。

 それ以降、お風呂場や布団の中で幾晩も悩んだ。いや、私は悪くないはず、でも、別に言わなくてもよかったしあの人と気まずい感じなのはしんどいし、なぜあのときああ言ってしまったのだろう…。胸に鬱が吹き溜まる。

 働かせてもらうようになってもう二年近く経つけれど、友人とも家族とも違う人たちとどのように付き合っていくべきなのか、初めての経験にいまだに戸惑いつづけている。ときどき感じるのは、「自分の感情や思考を自分で上手に操っていかなければ」というプレッシャーだ。ふと言いたくなった言葉を唾と一緒に飲みこんだり、言葉をどう組み立てていけばカドが立たないのか考えたりと、いろいろ工夫が求められる(みんなどうやってうまいことやってんの?)。それは終わりの見えないトライアンドエラーで、雨雲のグレーの濃淡のなかを潜り続けているようだ。うまくいってると思えばすぐに挫ける。失敗からちょっとだけ学びを得る。今のところ、そうやって生き延びるしかないと思っている。

 いつもは夜に散歩する川辺も、まだ明るいうちに歩いてみると、知らない町の景色を見ているようだ。川べりのほうは水が澄んでいて、魚群のきらきらも目に映る。そこをエイがたゆたいながら横切っていく。僕が謝ったと聞いて、恋人は「あなたは悪くないじゃない」と言った。まあそうかもしれないけど、それでもいいんだよと僕はごにょごにょ口籠った。正直、悪いとか悪くないとかはわからない。でも今は、胸のあたりがすっきりして心地がいい。机の上の荷物をまとめて整頓したような清々しさがある。駄弁りながら歩いていたら、ゆっくりと日が傾き、解散する時刻に差しかかった。恋人を乗せたバスが走り出すのを見送り、僕も家路をめざした。翳りゆく空のむこうから、少しだけ眩しい光が射していた。